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アルプ・プランニング・ジャポン

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我が町 シャモニ

シャモニの町

フランスにあって、どういうわけかスイスに間違えられるシャモニ。

それもそのはず、日本人がイメージするスイスのアルプスの風景がここにもあるからだ。

それにもっと日本人観光客を混乱させてしまうのは、シャモニへのアクセスは国際空港のあるスイスのジュネーブが玄関口であり、まずはスイスに入国、その後、知らぬ間に高速料金所のような道路上の国境を通過してフランスに入国してしまうので、それに気づかない人はシャモニをスイスだと思い込んでしまっている。

国際機関の多いジュネーブはスイスの町の中でも異質で、多くの外国人高官が住んでいる。

ジュネーブからたったの80km、車で1時間の距離のシャモニは、こうしたジュネーブに住む外国人の週末の遊び場として人気が高く、その意味でも自然と国際山岳観光リゾートとなった。

その歴史は古く、一大ブームになったのは1786年、初めて西ヨーロッパ最高峰、モンブランの頂きが極められた時からだった。

英国人を始め、ヨーロッパアルプスは一躍、裕福な冒険好きの貴族達の標的となった。それまで山岳地帯で、牧畜業や狩猟、水晶を採って生計を立てていた村民達は、こうした金持ちの到来で、彼らの道先案内人として働いたり、一宿一飯を提供したり、いわゆる観光業、ガイド業の原型となる業種が誕生していった。

それから200年、その基本形は今も同じだ。

シャモニには、何と64ヶ国のパスポートを持つ人々が、住民として生活しているというから、ここがどれほどインターナショナルかが想像できるだろう。

我々もその一角を成す。日本人とシャモニとの接点は、やはり山が介在している。

1970年代は、ヨーロッパアルプスの壁の時代と言われた。

日本からもエキスパートなクライマー達がたくさん集まってきた。山に魅了された日本人クライマー達は、ここに理想的な生活空間を見出した。

若いクライマー達の中には、シャモニで恋に落ちてフランス人女性と国際結婚したり、仕事を見つけて本格的に住み着く人間達が出てきた。

その当時はフランスは豊かな国で、労働力が不足していたため、まじめに働く日本人は好んで雇用してくれ、労働ビザも簡単におりた。

それが他のアルプスのリゾート地と違って、シャモニに日本人住民が多い理由だ。

さて、シャモニが他の山岳リゾートと比べて住民にとって最も好まれる理由は、アクセスの良さだ。

ジュネーブのような大都会から1時間の距離、それに11.60kmのモンブラントンネルを越えたら、そこはイタリア。

30分でイタリアのリゾート、クールマイユールへ到着だ。イタリアについて言えば、このクールマイユールの町外れから高速道路があり、その後は全て高速道路で、ローマでもナポリでもイタリアの南の先まで続いている。

ちなみに、ミラノまでは2時間ちょっと、日帰りできる距離だ。

シャモニの町は確かに狭い谷の中に広がり、場所によっては日照時間が極端に短いところもあるが、道が3方向に抜けられるのが良い。

山岳地帯は冬の間、大雪で道が遮断されることがあるが、シャモニはめったにそういったケースは起きない。

ジュネーブとは反対方向に行くと、また20数キロでスイスとの国境になり、マルティニまでは峠道を50kmほど下ったところだ。

つまりシャモニは、山のリゾートでありながら、多くの人種の違った人間が共有する空間で、村特有の地元民意識が薄れており、外国人が住みやすくなっているのに加え、3方に抜けられる立地条件も抜群で、山岳地帯の閉塞感がない、まさに理想的な住処なのだ。

シャモニの魅力はこのように、山岳リゾートとしての魅力に加え、ミラノへのショッピング、それにゴルフやテニスなど、高原でのスポーツも楽しめる。